伊勢崎銘仙アーカイブス
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 伊勢崎地域別 旧佐波郡 その他









 平成17年(2005)1月1日

伊勢崎市、赤堀町、東村、境町は平成の大合併
















     旧伊勢崎市の地区別図












佐波郡赤堀町

 昭和61年(1986)10月1日 赤堀村から赤堀まちへ町政施行
 平成17年(2005) 1月1日 伊勢崎市と新設合併(対等合併)






 平成16年(2004)伊勢崎市との合併前
赤堀町歴史民俗資料館において
特別展「赤堀の賃織と銘仙」が開催された

 その際のリーフレット(8ページ)に赤堀町
の織物の資料が掲載されている

 開催に至る理由は「赤堀村は戸数の割に
 高機台数が多い」からとある
 








  明治42年に編纂された「赤堀村郷土誌」の中で「伊勢崎の賃織業近年其の範囲を広め」
 村内総織賃収入は3,000円弱と記録されている

  赤堀村役場の調査によると

大正 2年  機織戸数297戸(総戸数952戸)、織子数334人(女性)
昭和 4年  元機屋1軒、織機台数898台 (総戸数1,008戸)
昭和11年   252人が賃機 (総人口6,239人、内女性3,181人)




佐波郡東村 明治42年群馬県訓令により作成した郷土誌を図書館では閲覧出来ず
      同様の内容は「東村誌」P664


  




















 機業戸数 7戸
 賃織戸数  374戸
 職工数(男)  ー 
  〃 (女)  428人
 機台数  ー 
 産額 (純絹織)  11,110反
  〃 (絹綿交織)  6,540反
 価格  55,235円


 「東村誌」P675 大正10年「東村事務報告」より
  工業方面は「近来比較的有利なる機業は著しく発展を来たし農業者の転業するもの漸次
 其数を加へ現に機業を以て専業となすもの六戸関係専業又十戸を算し兼業者を合するときは
 優に二十有余戸の多きに達し産出亦侮る可をす」みなし賃織及び関係職工が増え、機台数は
 七百有余になったと報告している

 P683 昭和2年 「賃織機台数558台に減少す」
 P688 昭和8年 農家の副業 賃織 380人 年収 14,440円
 P690 不景気のため機業は四戸、染色業一戸で、好況の時は二十戸をこえる数で、
      工場も 三社あった。好況時は伊勢崎銘仙に付随する内職が村内一帯に行わ
      れてこたが、現在は見るべきものがない
 *東村では昭和恐慌で伊勢崎銘仙は壊滅し、その後の復興は無かった


佐波郡三郷村 郷土誌(明治42年 群馬県訓令により作成)より抜粋

 第5節 工業
 本村は殆ど純農業地なるを以て専ら工業に従事するものは、甚少く僅に伊勢崎銘仙の製造に
 従事するもの及び農家の婦女子が副業として賃織をなすに止っている。

年 度 明治42年  昭和3年 
 機業戸数 145戸  276戸 
 賃織戸数 ー  ー  
 職工数(男)  ー  ー  
  〃 (女)  ー   -  
  〃 (計) 455人  277人 
 機台数 455台  277台 
 産額 (純絹織) ー   ー  
  〃 (絹綿交織) ー   ー  
  〃 (計) 11,256  9,600 
 価格  5,065円 67,200円 




佐波郡宮郷村 郷土誌(明治42年 群馬県訓令により作成)より抜粋

 第5節 工業
 伊勢崎太織の賃織業は各農家婦女の本業なる如く、日を追ひて多きを加ふるが故に製糸家
 機業家も漸次に増加の傾向あり

 機業戸数 13戸
 (工場を有するもの) 2戸
 賃織戸数  522戸
 職工数(男) 2人
  〃 (女)  619人
 機台数 621台
 産額 (純絹織)  13,500疋
  〃 (絹綿交織)  13,450疋
 価格  195,650円