町田佳聲生誕130周年記念サイト

   町田佳聲(かしょう 本名 嘉章) 伊勢崎に明治21年(1888)6月8日生誕
              町田佳聲生誕130周年実行委員会

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         *町田佳聲又は町田嘉章の呼称は原則として出所に基づく




 酒井正保(さかい まさやす)氏



 昭和4年(1929)生 群馬県在住

昭和24年に町田佳聲の民謡取材に同行し来県

埼玉県に生まれる。日本大学芸術学部音楽学科卒業
劇団バラ座で佐々木孝丸、千秋実両氏に師事
NHKより18年間レギュラーとして連続放送
昭和24年より民俗調査に入る
町田佳聲氏、小泉文夫氏、松平頼則氏に師事




 元日本大学芸術学部特別講義講師、高崎芸術短期大学教授、育英短期大学教授、
 群馬医療福祉大学講師、県文化財総合調査委員
 

 主な著書 群馬県立図書館 ヒット数 75件

群馬のわらべうた、群馬郷土民謡集、上州の民謡とわらべうた、日本民謡集関東編、
上州の民話 、埼玉・上州の民話、上州路のむかしばなし、上州風土記―子どものあそび、
前橋昔がたり、新編群馬の民話、前橋とその周辺の民話、群馬のわらべ歌、
上州路の埋もれた民俗、民話・上州路の笑い話と怖い話、日本の民話群馬編、
ぐんまの伝承わらべうた、上州最後のマタギたち、民話が語る上州の妖怪、
上州路の民謡を訪ねて、榛名山東面の生活と文化を訪ねて、
上州路の民話と諺・謎掛けの民俗を訪ねて、上州路の民間医療と禁忌の民俗を訪ねて 他




 「上州路の民謡を訪ねて」 著者 酒井正保
  上毛新聞社発行 平成26年(2014)4月

  酒井氏が県内各地に足を運んで収集した民謡等を100編掲載
  上毛新聞に平成7年(1995)から連載したものをまとめた






  管理人(私)が町田佳聲氏を研究していると、群馬県の民謡はどうなってるのかと
 大変気になるところで、図書館で調べると酒井正保氏が群馬の民謡研究の第一人者であり
 町田佳聲氏の指導を受けられたことがわかった

 年代 町田佳聲  酒井正保  ことがら
 明治21年
1888
伊勢崎に
誕生
 ー  ー
 昭和 4年
1929
 41歳 埼玉県に
誕生
 ー
 昭和23年
1948
 60歳  19歳  酒井正保 学生時代に民謡研究でNHKの資料室を見学し
町田佳聲の民謡収集の資料を知る
東洋音楽学会で町田佳聲と一緒になる
 昭和24年
1949
 61歳  20歳 酒井正保  町田佳聲と二人で民謡採集に来県
国鉄前橋駅から録音機を担ぎ徒歩で富士見村小暮
(現 前橋市富士見町小暮)へ
籾(もみ)すり唄、木挽(こびき)唄等を採取する
 昭和46年
1971
 83歳  42歳   酒井正保「群馬のわらべうた」を刊行、
町田佳聲が刊行に寄せてを記す
 昭和47年
1972
 84歳  43歳  町田佳聲は群馬県教育委員会編「群馬県郷土民謡集」
発行にあたり指導助言を行い、並びに序文を寄せる
楽譜編を酒井正保が担当する
 昭和56年
1981
 93歳
 逝去
 52歳  酒井正保 地元紙に「町田佳聲先生の死を惜しむ」を掲載
 平成26年
2014
   85歳  酒井正保 代表作の一つ「上州の民謡を訪ねて」を発行



 

 管理人(私)が酒井正保先生にお伺いしたこと  平成30年8月

Q1、町田佳聲先生に師事と有りますが、具体的な期間(年月)
 Ans 昭和24年6月大学の研究室で町田先生と初対面から、先生の晩年まで。

Q2、民謡の採集に同行されたと有りますが、具体的な期間と採集先の場所
 Ans 民族音楽の調査採集は、東京、埼玉、群馬、その他多数ヶ所。

Q3、民謡採集の「写音機」はどの様の機器でしたか わかれば(数種類ある)
 Ans 写真機・テープレコーダー(町田先生より下さった貴重なソニーテープレコーダー
   「ゼンマイ式デンスケ」、ソニーテープレコーダー「真空管式」)計2台共大切に
    保管してある。更に、録音した民謡等多数も保管済みである。写真も同様。


Q4、町田佳聲先生の功績は
 Ans 町田先生は邦楽研究の大家である。特に誰も手掛けなかった全国の民謡の調査採集
   「日本民謡大観(楽譜付き)」を完成させた偉業。民謡を担っている団体の育成に
    も力を注いできたが、民謡を担っている個人を大切にしてきた町田先生には只々敬服
    です。


Q5、町田佳聲先生がやり残したことは
 Ans 日本の民俗音楽で埋もれているのがたくさんある。調査採集を継続すること、更に
    日本伝統音楽を義務教育で実施すべきであることを強く述べられてきた。
    先生は過去に文部省(現 文部科学省)に実施する旨交渉されてきた・・・数年前から
    文部科学省は実施。


Q6、その他 
 Ans 私に調査を通して「一つの芸能には深い民俗がある」を深く教えて下さったのは
    町田先生、このことがきっかけで、それが私の生涯の仕事になってしまいました。
    そして先生のふるさと群馬県に住む事に成る。


    11月はじめには町田先生と採取した民俗音楽等を楽譜付で出版の運びと成って
    おります。 

                                  以 上


 赤城馬子唄

 酒井正保氏の代表作に「上州の民謡を訪ねて」があり
 管理人(私)が興味を持ったのが「赤城馬子唄」である


(ハーイハイ)
赤城 時雨れて(ハイ)
ハァ沼田は (ハイ)ハァ雨か
(ハーイハイ)
明日は水上 (ハイ)ハァ湯檜曽まで
(ハーイハイ)


  赤城山の覚満淵(かくまんぶち)に冬季から保存しておいた氷を春に馬で前橋、高崎、
 沼田等へ運んだ
  氷の用途の一つとして「蚕種」の低温保存で、年に1回の養蚕が年間を数回の養蚕が可能
 となり繭の増産が図れた
  馬から荷を降ろした帰り道に馬をいたわり「赤城馬子唄」を歌った