伊勢崎銘仙アーカイブス

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 ホームセンター ルパン今井町店
     所在地:伊勢崎市今井町282









  開店日:昭和55年(1980)2月
   法人名 (有)中野材木店 後に名称変更し (有)ナカノ
     売上高 4億円 (昭和56年)、4.8億円(昭和58年)
     屋内売場 150坪
     屋外売場 100坪
     駐車場  110坪
     商圏人口 3万人

  平成3年(1991) 伊勢崎商工名鑑
     代表者 中野茂、資本金300万円、従業員9名
     取扱品目:塗料 日用品 カー用品 インテリア 工具 電気 金物 エクステリア

  平成10年(1998)4月1日 現在
  大規模小売店舗 第2種
     開店日:平成6年(1994)10月31日
     設置者:(有)ナカノ
     店舗面積:1,109㎡
     延床面積:1,202㎡
   *(有)ナカノ 本社 伊勢崎市東本町93-1 星野

  何時、撤退したかは調査中
   跡地の現状は、アパート4棟で「ハイツ翼」、その後名称変更「サンヒルズ今井町」
   平成15年(2003)3月建設し築24年




 有限会社 吉澤整理

  所在地 工場 伊勢崎市今井町710
      本社 伊勢崎市三光町22-6
  業種 織物整理業(伊勢崎銘仙の最終工程で生地をお化粧する)




 現在は工場跡をボルダリングのジムとして
 活用











 足利市出身の吉澤弥四郎(推定明治30年生)
が足利市で織物整理を修業し、昭和10年頃
下植木(現 伊勢崎市)で創業。
 戦後、昭和27年に伊勢崎市三光町にて再開する。





    吉澤弥四郎の弟、吉澤仲次郎(明治42年生)は、戦前は秩父市の
   坂善織物整理工場へ勤務し、戦後は兄の経営する㈲吉沢整理に勤務。
    伝統工芸品 伊勢崎絣の伝統工芸士(整理仕上部門)を取得。

    二代目社長は吉澤弥四郎の息子 吉沢弥彦
   墓碑銘(2021年 令和3年) 
 12月27日  吉澤 弥彦
よしざわ やひこ
 93歳 有限会社 吉沢整理 社長
伊勢崎織物協同組合 理事歴任
伊工はたち会 昭和20年3月
 伊勢崎工業高校卒の同窓会メンバー
ライオンズクラブ ガバナー歴任


 整 理

  織物整理業は機屋から検反の終えた生機を受け入れ、織物の最終加工を行う
  種々な機械と熟練の技で生機に最後の化粧を施し、美観を増し感触を良くし商品
  価値を高める最終工程である







 伊勢崎産地の織物整理業として
 最後の一軒だった有限会社吉沢整理
 整理業だけあって庭木の手入れは
 常に行き届いている







  織物整理工場は種々な設備装置、機械を使用しそれなりのスペースの工場が必要となる
  また、それらの機械装置を扱う従業員も雇用しなければならない
  昭和49年(1974)に整理工場は5社が存在し平均従業員数は25名であり、伊勢
  崎織物業界としては大きい規模であった

  織物整理業発達の経緯(伊勢崎織物同業組合史P376より抜粋)
   伊勢崎太織の時代には生機での取引であったが、
  一部には湿緯糸織法(しめしよこいとおりほう)が行われた
  緯糸に濃厚なる糊付張りをし、水巻きをしながら織り込み、織前棒に巻取るあたり更に
  霧吹機で布全体に湿りを与え、手にて幅引きしながら巻き取る
  織上げた後、其のまま乾燥させると緯糸の糊が経糸に結着し、織物に糊引張りをしたの
  と同じ結果が得られる
   更に霧吹器で湿しながら一定尺に畳み上げ、万力の間に積み込み数日間強烈な圧力を加
  え置くと整理仕上げと同じ結果が得られる
   明治17年の頃、輸出羽二重の整理は伊勢崎産地では整理が出来ず桐生産地に整理を委
  託した
   明治45年頃より伊勢崎産地に力織機が導入され生産増加に伴い設備の整った工場での
  整理仕上の必要が生じ、株式組織の模範工場染織整理株式会社を群馬県工業試験場を譲り
  受け、機械的織物整理に必要なテンター、タンブル、霧糊吹機、下巻機を備え大正2年
  8月より開始、これと前後し個人経営の整理工場を飯塚悦蔵、佐々木三郎氏等が開始し
  その後、整理工場が増加した



 丸山工芸(丸山織物 機業 個人事業)
   所在地 教室兼工房 伊勢崎市中町(今井町区)532-1
       (現在は違う所有者で別の建物になっています)
   事務所兼自宅 伊勢崎市連取町

  丸山惠太郎(推定 昭和8年生)伊勢崎市西園町(現 若葉町)出身
   昭和26年(1951)4月創業
   氏は産地の同業者等から「アイデアマン」と呼ばれていた






 昭和58年(1983)に
 家具調の高級織機を開発し家具店で販売
 定期的に織物教室を開催していた。











  平成14年(2002)に
    本藍染正絹蚊絣(板〆)
  が群馬県の「1社1技術」に選定された







 本藍染正絹蚊絣(板〆)
   着尺幅に50山(七厘)の絣になるように「板〆」した絹糸に天然藍灰汁発酵建てを
  20回余りかけて染色。
   染色された絣糸を たて・よこ に用い、十字になるように絣糸を一本一本丹念に合わせ
  ながら手織機を用いて織り上げる。




 丸山工芸の製品

 正絹太織(しょうけん ふとおり)
  テーブルセンター
 正絹太織コースター
 正絹太織花瓶敷き
 正絹・綿暖簾
 真綿マフラー
(写真には、他社の製品も一部有り)




  かっては伊勢崎織物組合事務所や「群馬県立日本絹の里」のシルクショップで常時販売され
 人気だった。
  また、「群馬県立日本絹の里」の機織り体験「高機」の緒巻を作製していた。



 調査中



  ダンスホール 群馬ドリームセンター
    昭和45年(1970)調査の住宅地図に掲載されている
   伊勢崎市中町(今井町区)682  久保田倉庫(有)中町物流センターの場所
   本社 伊勢崎市西田町83-1 創業昭和42年(1967)2月



  巨大迷路 イセサキラビリンス
   伊勢崎市今井町485-3
     昭和63年(1988)6月完成 伊勢崎市史通史編3 付録P144より
    久保博毛織(個人事業)